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近鉄バッファーローズ!

      熱い闘いありがとう

好敵手・大阪近鉄バッファーローズ記念特集

万感込めて満員のフアンに挨拶(磯部選手会長と各ナイン)
対西武戦  9月24日大阪 ドーム最終戦の近鉄ナイン
                        
9/24の試合 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 - R
西 武 0 0 1 0 1 0 0 0 0 0 0 = 2
近 鉄 0 1 0 0 0 0 1 0 0 0 1x = 3
投手/西:大沼-松坂-長田-豊田-小野寺-       /西:森0勝4敗4S
投手/近:高村-加藤-小池-岡本-福盛-赤堀-高木
   /近:高木2勝7敗
本塁打/西:大島8号ソロ(3回高村)-野田3号ソロ(5回高村)
             時事通信社 9月24日 付

オリックスと合併するプロ野球の近鉄は24日、「近鉄バファローズ」としての本拠地最終戦(西武戦)を大阪ドームで行った。  

ファン約5000人が開門前から詰め掛けるなど、スタンドは今季最多の4万8000人の観衆で埋まった。
大声援に応えるかのように、延長戦の末に近鉄がサヨナラ勝ちを収め、
一塁側スタンドからは優勝したかのように7色のテープが投げ込まれた。
 試合終了後、梨田昌孝監督以下、全選手がグラウンド内を1周。総立ちのファンに手を振って別れを惜しみ、
ファンからも「ありがとう」コールが続いた。

 近鉄は27日、ヤフーBBスタジアムでオリックスと今季最終戦を行う。 

近鉄が最後の試合「大阪ドームさよなら」  bQ

1950年の誕生以来、ずっと大阪に根を張ってきた大阪近鉄バファローズが
9月24日、本拠の大阪ドーム(大阪市西区)での最後の試合を終えた。
詰めかけた観衆は4万8000人。今季最初で最後の満員となった。

 この日は西武ライオンズと対戦。延長11回1死二塁、
近鉄が星野の適時二塁打でサヨナラ勝ちした。
その瞬間、観衆が一斉に立ち上がり、しばらく拍手が止まらなかった。
「近鉄は不滅や」などと書かれた横断幕があちこちに掲げられた。

11回裏近鉄1死二塁、西武にサヨナラ勝ちしベンチを飛び出す近鉄の選手たち
11回裏近鉄1死二塁、西武にサヨナラ勝ちしベンチを飛び出す近鉄の選手たち
04.9/24の大阪ドーム最終戦 

ヤフーBBスタジアムのオリックス・近鉄最終戦  3
04.9/27
9/27の試合 1 2 3 4 5 6 7 8 9 - R
 近 鉄 0 1 0 1 0 0 0 0 0 = 2
オリックス 0 2 0 4 1 0 0 0 x = 7
投手/:岩隈-阿部健-栗田-藤崎-朝井-宮本       /近:阿部健0勝1敗0S
投手/:具-吉井-小林-栗山-戸叶-山口
          勝/オ:具6勝10敗
本塁打/近:鷹野5号ソロ(2回具)-北川20号ソロ(4回具)
本塁打
/オ:相川2号ソロ(2回岩隈)-相川3号ソロ(4回阿部健)-竜太郎1号3ラン(4回阿部健)
この、対オリックス戦で55年の歴史ある近鉄バッファーローズとしての名前は消えてしまう事となった。
サヨナラ近鉄ナインが梨田監督を胴上げ

梨田監督の体が一回、二回と宙を舞った。近鉄が優勝した−−。
そう錯覚させるような劇的なシーンだった。

 シーズン終了後に合併が決まっているオリックスとの最終戦。
離れ離れになるナインが監督に内緒で計画した胴上げだった。
輪の中にはオリックスの吉井や大島ら近鉄OBの姿も。梨田監督は「胴上げは協約違反だよ。
ちょっと目頭が熱くなった。あれが日本一の胴上げならな」。しみじみとした口調になった。

 最終戦を白星で飾ることは出来なかった。それでも二回に鷹野が先制の左越えソロ。
四回には北川も左越えに同点ソロを放った。55年の歴史に幕を降ろす試合。
最後まで近鉄らしい“一発”を見せた。

 リーグ優勝4回。ローズ、中村ら強力なホームランバッターを擁し、「いてまえ打線」の
異名を取った打撃力で、優勝したのはわずか3年前のことだ。
中村が「まさかこんなことになるとは思わなかった。
日本一になることが目標だったのに」としんみりと語った。

 12球団で唯一日本一になれなかったのが近鉄だ。
今季、合併騒動の渦中にありながら、選手は残された最後の機会だと、力を振り絞った。
結果は5位。ただ、最多勝を獲得した岩隈や1軍に定着した大西ら若い芽が育った。
梨田監督は彼らに「少しでも長くユニホームを着てほしい」とエールを送った。
近鉄の魂を受け継いだ若き猛牛たちが、きっと新天地でも暴れてくれることを願って。

胴上げされる梨田監督=ヤフーBBスタジアム
04.9/27 写真は(共同)

「生涯忘れない」近鉄・オリックス、ラストゲーム  bS

神戸市のヤフーBBスタジアムで27日、統合が決まっているオリックス・ブルーウェーブと大阪近鉄バファローズの今季最終戦があった。
統合後は「オリックス・バファローズ」になる。近鉄は球団がなくなり、オリックスは「ブルーウェーブ」の愛称が消える。

 平日にもかかわらず2万9000人のファンがつめかけた。
近鉄ファンが陣取る左翼外野席には「みんな大好き ありがとう 生涯忘れない」の大文字。

 近鉄は50年に「近鉄パールス」として発足。79、80年のリーグ連覇など4回のリーグ優勝を誇るが、
12球団で唯一、一度も日本一になれないまま、歴史を閉じる。

 オリックス・ブルーウェーブは阪神大震災のおきた95年、地元チームとして初のリーグ優勝を果たした。
最後の夜、被災者たちもスタンドにつめかけ、復興への勇気を与えてくれた選手たちに拍手を送った。


さらば近鉄 笑顔で55年間のラストゲーム 5

さらば、猛牛たちよ。近鉄がヤフーBBスタジアムで行われたパ・リーグ今季最終戦に臨み、オリックスとともにチームの歴史にピリオドを打った。
試合は序盤から5本のアーチが飛び交い、オリックスが7―2で快勝。
最後は近鉄・梨田昌孝監督(51)の胴上げでフィナーレを迎えた両チームは、
来季は「オリックス・バファローズ」として1つのチームで新たに船出する。

 美しい舞いだった。梨田監督の体が神戸の夜空に5度、浮かび上がる。敵地では異例ともいえる胴上げ。
だが、敵も味方もない。ヤフーBBスタジアムを埋めた2万9000人が、近鉄最後の日に心から拍手を送った。

 「急にオレを囲むから、どつかれると思った。あの間はさすがに目頭が熱くなった。
あの胴上げが本当に日本一の舞いならよかったんだけどね」

 元近鉄の吉井、大島も加わった胴上げに梨田監督は声を震わせた。
3度、宙に舞った選手会長の礒部も「近鉄はいいチーム。
ああやって吉井さんたちが胴上げに入ってくれるチームカラーだったんですから」と話した。
今季のパ・リーグ最終戦は、くしくも合併する近鉄とオリックスの試合。
雨も上がり、大勢のファンが詰め掛け、普段とは違う雰囲気に包まれた。

 「オリックスと最後にやるのは因縁なのかな。
今年は命名権売却に始まり、鈴木コーチが亡くなったり、ストがあったり、本当にいろんなことがあった。
選手は複雑だと思うが、ファンに感謝の気持ちを込めて素晴らしいプレーを見せたい」

71年のドラフトで2位指名を受けてから近鉄一筋。
大阪ドーム最終戦の24日の西武戦では、涙を浮かべた指揮官も笑顔の采配に徹した。
胸に「OSAKA」と入った黒いビジター用ユニホームを着た中村が、岩隈が、誰もが特別な気持ちだった。
二回に鷹野が左翼席に先制弾を運ぶ。四回には北川も左越えソロ。敗れはしたが、いてまえ打線の意地と誇りを見せた。

 2リーグ分立の50年にパ・リーグに加入。優勝争いに絡めずに「リーグのお荷物」と酷評された時期もあった。
だが、野性的な選手をそろえ、豪快な野球は多くのファンの心をつかんだ。
18歳の四番の土井正博がいた。草魂・鈴木啓示が投げた。
酒豪の首位打者・永淵洋三にメジャー挑戦の道を開いた野茂英雄…。
そして、今も語り継がれる88年の「10・19」。パ・リーグ発足から唯一、
経営母体が変わらなかった老舗球団も時代の波には逆らえなかった。

 試合後、梨田監督はロッカールームでナインを前に言った。
「1年でも長くユニホームを着られるように頑張ってくれ」。
4度のリーグ優勝はあったが、1度も日本一になることなく、55年の歴史が幕を閉じた。
試合後はオリックスのナインと涙と感謝の抱擁が続いた。
その光景は、再編問題に揺れた04年を象徴しているようでもあった。

 ≪青波有終快勝≫“ブルーウェーブ”としての最終戦は、
3年連続最下位と今季も最悪のシーズンだったことをつかの間でも忘れさせるような快勝。
試合後に胴上げされた伊原監督は「打つべきところで打ち、守るべきところで守ってくれた」と満足げ。
この日は長くチームを支えてきた大島、三輪らのベテランも出場。
第2打席で二塁打を放った大島は「今年1番の当たりだった。
きょうがこのユニホームを着てプレーする最後。終わってしまったという感じ」と目に涙をためていた。

 <仰木氏感慨深げ>オリックスと近鉄の統合後の新球団オリックス・バファローズの監督就任を要請されている
仰木彬氏(69)がオリックス―近鉄をテレビ局のブースで観戦。
かつて指揮を執った両軍の最後の試合に「静かに見守るつもりだったけど、
だんだん胸に込み上げてくるものがあった」と感慨深げで、就任要請については受諾する意向をあらためて示していた


近鉄2軍も見納め 「地元」藤井寺球場に今季最多5千人
04.9.30
藤井寺球場で、声をからし応援する近鉄ファン
藤井寺球場で、声をからし応援する近鉄ファン

プロ野球2軍のウエスタンリーグ優勝決定戦が30日、大阪・藤井寺球場で行われ、
前期優勝した近鉄は後期の覇者・中日に6−12で敗れた。
すでに1軍が今季全日程を終了している近鉄にとっては、オリックスとの統合に向けて
この日が正式に最後の公式戦となった。
中日は、10月9日のファーム日本選手権(宮崎)でイースタンで勝った日本ハムと対戦する。

 球場には今季最多の5000人の観客が詰めかけ、55年間にわたって親しまれてきた
地元チームを声援した。試合は6点を追う9回、連打で1死一、二塁と粘りを見せたが、後続が倒れた。
試合後、選手が涙顔で一塁側スタンドにサインボールを投げ入れると、ファンからは「お疲れさん」
「ありがとう」との、声がやまなかった。

 5月に鈴木貴久2軍打撃コーチ(享年40)が急逝。
合併問題で最後まで揺れ動いた有終のシーズンだった。
石渡茂2軍監督(56)は「近鉄にとって激動の1年だったが、選手は不安を表に出さず、
本当によくやった。ほめてあげたい。コーチと共に、将来の活躍を見守りたい」と話した。

 近鉄1年目の50年シーズンから本拠として使われた藤井寺球場も、
球団統合に伴い、来季以降の閉鎖が検討されている。


「近鉄・岩隈」“有終”の白星
【全日本3―1全米】
 大阪ドームのファンの喝采を浴びて、お立ち台に上った岩隈の目が心なしか潤んでいた。
近鉄のユニホームを着てのラスト登板。“有終の美”と呼ぶにふさわしい圧巻の投球内容だった。

 「最後だし、恥ずかしいピッチングはしたくなかった。ブルペンから気合が入っていたし、楽しみながら全力投球ができたと思う」。
メジャーの超重量打線を相手に5奪三振、わずか単打2本。7回を自らの暴投で許した1点に抑え込み、
MIP賞を獲得するとともに、全日本に待望の初勝利をもたらした。

 渦中のマウンドだった。試合前には大阪市内のホテルで行われた新生オリックス・バファローズの結団式に出席。
仰木監督から握手を求められ、岩隈も右手を差し出した。
カメラマンから無数のフラッシュがたかれ、指揮官は「入団発表みたいやな」と笑った。
しかし当の岩隈は新球団のユニホームがお披露目されると、表情は一変。
「複雑ですね。胸のマーク以外はデザインも色合いもほとんどオリックスの時と変わりませんね」と沈んだ声で話した。

 15日に直接会談を持つ予定の仰木監督は「心配していない。
彼はピッチング同様に変幻自在だから、マスコミの皆さんも惑わされない方がいい」と慰留に自信を見せたが、
交渉は難航しそうな気配だ。岩隈自身も「心境はあまり変わっていない。
オリックスでプレーしたくない気持ちは50%以上?そうです」とあらためて楽天へのトレード希望を口にした。

 その中での快投。ラスト登板のクレメンスにも投げ勝った。
合併球団に残れば大阪ドームが再び本拠地となるが、もう近鉄のユニホームでこのマウンドに上がることは2度とない。
「このユニホームを着て近鉄の仲間とプレーできなくなるのは寂しいけど、野球というのはやっぱり楽しい」。
2年連続で15勝を挙げた右腕は久しぶりにそう快な笑みを浮かべ、「近鉄・岩隈」として最後のウイニングボールをバッグにしまい込んだ。

大阪近鉄バファローズ オリックス・ブルーウェーブ
04年度のパ・リーグのロゴマーク

球団消滅も…近鉄30日まで残務処理
04年12月29日
球団消滅も…近鉄30日まで残務処理

 11月30日で消滅した近鉄が、球界で最も遅い仕事納めを迎える。
30日に最後の球団社長だった小林電鉄常務が大阪市内の球団事務所を訪れ、
残務処理を行っている球団職員にあいさつをする。
近鉄は中村のポスティング申請を残しており、足高球団代表らが業務を続けている。
関係者は「例年ならコミッショナー事務局が閉まるころに球団も仕事納めなんですが」と苦笑いだった。



04年開幕戦
04.3.27
04年開幕戦、黒星スタート
第1回戦 - R H E (3/27 大阪ドーム14:00)
= /金村0勝1敗
= /岩隈1勝0敗   /