トピックスのページに戻る TOP

野球殿堂

プロ野球等で顕著な活躍した選手・監督や、野球界の発展に大きく寄与した人物の功績をたたえるために創設された。
1959年から選出が始まり、初年度は巨人の創設者である正力松太郎氏、
学生野球の父と呼ばれた阿部磯雄氏ら9人が殿堂入りした。

競技者表彰は選手、監督、コーチ、審判を引退して5年以上を経過した競技者が対象で69人。
特別表彰は引退後17年以上を経過した競技者と組織、管理に関して
野球の発展に貢献した人が対象で、計90人が選出されている。

表彰者は東京ドーム内にある野球体育博物館内の殿堂ホールに、レリーフが展示される。
アメリカの野球殿堂は1939年に創設され、野球発祥の地との伝説がある
                  ニューヨーク州クーパーズタウンに博物館がある。
            (06.1月記)

08年表彰式
08.8.1
今年、1月に野球殿堂入りが決まっていた前広島監督の山本浩二氏と前巨人監督の堀内恒夫氏の
表彰式が8月1日、オールスターゲーム第2戦(横浜)の試合開始前に行われた。
そして二人を代表して山本浩二氏が挨拶をした。

08年は3人
08.1.11
野球殿堂入りを決める野球体育博物館の競技者、特別両表彰委員会は1月11日競技者表彰として
山本浩二氏、堀内恒夫氏、故嶋清一氏の3人が殿堂入りすることを発表した。

前広島監督で北京五輪日本代表コーチの山本浩二氏(61)、前巨人監督の堀内恒夫氏(59)、
特別表彰で“伝説の大投手”故嶋清一氏(享年24)の殿堂入りを発表した。
殿堂入りは計164人。表彰式は8月1日の球宴第2戦(横浜)で行われる。

山本 浩二
やまもと・こうじ
1946年(昭21)10月25日、広島県生まれの61歳。
法大から69年ドラフト1位で広島入り。75年に首位打者を
獲得し球団初優勝に貢献。77年から5年連続40本塁打を
記録するなど「ミスター赤ヘル」の愛称で広島黄金時代を
築いた。通算打率・290、536本塁打、1475打点。
現役引退後は広島監督を計10年務めた

堀内 恒夫
ほりうち・つねお
1948年(昭23)1月16日、山梨県生まれの59歳。
甲府商から65年ドラフト1位で巨人入りし、新人記録の
開幕13連勝など1年目から16勝。最優秀防御率、
沢村賞、新人王を獲得。その後も13年連続2ケタ勝利など
エースとして巨人V9に貢献した。
通算成績は203勝139敗6セーブ、防御率3・27。
04年から2年間、巨人監督を務めた。

嶋 清一
 しま・ せいいち
1920(大正9)年12月15日和歌山県 明治大学
左腕からの速球とドロップを武器に学生野球で活躍した。
特に、第25回全国中等学校優勝野球大会(昭和14年)で全5試合を完封。
準決勝、決勝では2試合連続ノーヒット・ノーラン達成という、
大会史上初の偉業を成し遂げた。
全5試合で被安打8、奪三振57、外野への飛球はわずか12という成績は
投球の威力を物語るものである。
また、4番打者としても20打数11安打の打率.550という成績をのこし、
投打にわたる活躍で海草中学を初優勝へ導いた。
昭和20年3月インドシナ半島沖の海戦で戦死。享年24歳


07年は2人を球宴試合前表彰
07.7.20
競技者表彰で新たに野球殿堂入りした元阪急(現オリックス)投手の梶本隆夫氏(故人)と
特別表彰で84年ロサンゼルス五輪で金メダルを獲得した元日本代表監督、松永怜一氏(75)の
表彰式がオールスターゲーム第1戦(東京ドーム)の試合開始前に行われた。

 昨年9月に呼吸不全で死去した梶本氏の代理として享子夫人(66)は孫の明里ちゃん(9)、田村将人くん(12)と出席。
それぞれコミッショナーから楯が送呈、松永氏に対しては法大監督時代の教え子で、
山本浩二氏と田淵幸一氏から花束が贈られ一同記念撮影を行った。

両者とも居並ぶスター選手の前での式典で(これからも球界に対し貢献したい)と松永氏が代表挨拶した。

山田久志氏のパーティー
06.12.3
今年の1月10日に新たに野球殿堂入りが決まっていた
山田久志氏の野球殿堂入りを記念するパーティーが12月3日、
大阪市内のホテルで約700人が参加し、盛大に開催された。
会場には各界から多数の著名人やイチロー選手なども駆けつけ、大きな拍手を受けた。

球宴試合前に門田氏ら殿堂入り5人を表彰
06.7.21
今年の1月10日に新たに野球殿堂入りが決まっていた
元南海(現ソフトバンク)の門田博光氏ら5人の表彰式が21日、
オールスターゲーム第1戦(神宮)の試合開始前に行われた。
球宴出場選手らが整列する中、歴代3位の通算567本塁打を記録した門田氏のほか、
中日で名手として活躍した高木守道氏、阪急(現オリックス)黄金期のエース山田久志氏、
西鉄(現西武)黄金期の内野手だった豊田泰光氏、
前プロ野球コミッショナーの川島広守氏がそれぞれグラウンド内で表彰された。

“06”野球殿堂入り
06.1.10
06年の野球殿堂入りが1月10日、文京区の東京ドーム内、野球体育博物館で発表され
競技者表彰で元南海、オリックス、ダイエーの強打者として歴代3位の567本塁打を放った門田博光氏(57)、
中日の内野手としていぶし銀の活躍を見せた高木守道氏(64)
阪急の投手として284勝を挙げた山田久志氏(57)の3人が選ばれた。

特別表彰では前コミッショナーの川島広守氏(83)と、西鉄等で活躍し、引退後は鋭い評論活動を
続けている豊田泰光氏(70)が選ばれた。殿堂入りは計159人となった。

門田 博光
かどだ・ひろみつ
1948年生まれ。65年に奈良・天理高で全国選手権大会に出場。
社会人を経て、70年に南海(現ソフトバンク)入団。
79年にアキレス腱を断裂したが、翌年、41本塁打を放った。
88年に40歳で放った44本塁打、125打点は最年長記録。
実働23年で本塁打王3回、打点王2回。

高木 守道
たかぎ・もりみち
1941年生まれ。59年に県岐阜商高で選抜大会準優勝。
60年に中日に入団。二塁手で7度のベストナインは、2リーグ制
以降では最多。 63,65,73年には盗塁王。 78年に通算2千本
安打を達成した。実働21年で2282試合、打率2割7分2厘、
236本塁打、813打点、396盗塁。

山田 久志
やまだ・ひさし
1948年秋田県能代市生まれ。社会人の富士鉄釜石から69年、
ドラフト1位で阪急入団。2年目の70年から17年間連続2桁勝利を
マークした。20年間での通算284勝166敗は歴代7位。
オリックス、中日コーチを経て02,03年は中日監督を務め
3位、2位だった。