月曜・夢語り:プロ野球 2000安打に迫った、
日本ハム・田中幸雄内野手 |
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◇人との出会いあってこそ
(2000安打まであと33本。これまで33選手しか達成していない大記録)
来年中には打ちたいと思っています。今年打ったのが46安打。今年ぐらい出場できれば、達成できると思います。
ただ、昨年のように右ひじ痛でほとんど試合に出られないということもある。だから、まずどれだけ試合に出られるかです。
(プロ生活20年。1年目から1軍で起用され、3年目からレギュラーに定着した。厳しい世界で生き抜いてきた秘けつは)
いつも言っているんですけど、運がよかった。
もちろん、それだけではやってこられないのも事実ですが、いろいろな人との出会いがあったからこそだと思う。
例えば新人時代の監督だった高田(繁ゼネラルマネジャー)さんが、僕がミスしても我慢して使ってくれました。
使ってもらわないと結果は出せませんからね。高田さんが監督でなかったら、今の自分はないと思う。
(謙虚な人柄は若いころから変わらない。今年8月、1000打点を達成したときも「みんなのおかげ」と周囲への感謝をまず口にした)
延長十回2死満塁でサヨナラ打を放っての達成でした。
そういう場面を迎えることができたのは、本当にチームメートのおかげなのです。
謙虚だといわれても、そもそも自分は、自信過剰になるような育ち方をしてきていない。
20年やってきたけれど、一年一年の数字を見ると打率3割を超えたことも、
40本以上ホームランを打ったことも、100打点を超えたこともないんですよ。スターなんかじゃありません。
(14日に38歳になった。肉体的なピークはもちろん過ぎている)
例えば視力。昔はピッチャーの手元を離れる瞬間からボールが見え、反応できた。
今はかすんでよく見えない。守っていてもそう。アバウトな感覚で処理することになる。
それで思い切ってこのオフにレーザー治療をしたら、きれいに見えるようになった。
左ひじにも数年違和感があって、バットをきれいに振ることができなかったのに、
自分にあった整体治療が見つかって、調子が良くなりました。
来年、野球をするのが楽しみです。
毎日新聞 2005年12月19日 東京夕刊
下
◇優勝、一度は経験したい
(来季は本拠地が札幌に移転して3年目)
名前をアナウンスされて、歓声が起きて、打席に向かって歩いていく。鳥肌が立つんですよ。
「ああプロ野球選手になってよかったな」と思います。
本当に多くのファンが(札幌ドームに)見に来てくれてありがたい。
……でも東京ドームができたころのことを思い出すんです。
あのころもドーム人気でたくさんお客さんが来てくれたが、だんだん減った。
そうならないためにはファンサービスも大事ですが、とにかく勝つことだと思います。
(恩人として今年4月に亡くなった、大社義規元オーナーを挙げる)
先代オーナーは、いつも声をかけてくれた。
実家が養豚をやっていて、近所にある日本ハムの子会社に卸していました。
そんな関係でうちの家族のことも知っていて、会うたびに「ユキオ、おじいちゃん元気か」って。ありがたかった。
(先代オーナーと一度も優勝の喜びを分かち合えなかったことが心残りと聞きました)
この前、うちが優勝したのは僕が中学生のとき(81年)ですからね。
だいぶ遠ざかってしまっている。優勝、一度ぐらい経験してみたいですよね。
今年見ていて(31年ぶりに日本一になったロッテの)初芝(清内野手=今季限りで引退)さんが本当にうらやましかった。
最後の最後まで出場していましたし、いいなあと思いました。
(野球をテレビなどで見るのは、あまり好きではないと言う)
米大リーグの中継や、他チームの試合とかはあまり見ない。やはり「野球をすること」が何より好きなんですよね。
(かつては遊撃を定位置として長く中軸打線を担ったが、近年は途中出場が多い。外野守備についたこともあった)
チームの勝利のために自分がどう必要か、ということですから監督に行け、と言われたらやるだけ。
ただ外野守備を経験したことはよかった。幅が広がったですから。
レギュラーですか? この年から結果を出してレギュラーを取り直すのは並大抵じゃない。
でもまたとるかもしれませんよ(笑い)。
■聞いて一言
厳しいプロの世界で20年。さぞ苦労もあったろうと聞くと、
「おおざっぱな性格だから、今日の試合のことも忘れていることがある」と笑う。
裏返してみれば、それだけ目の前のプレーに集中しているということ。
飾らず、気取らず、自然体。とにかく野球が好きという気持ちが、ひしひしと伝わってくる。
38歳のベテランでありながら、野球少年の純粋さを保ち続けているからだろう。2000安打の達成を心待ちにしている。
毎日新聞 2005年12月26日 東京夕刊
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